犬と暮らして26年。
大型犬5頭と暮らしてきた私の人生は、正直成功より失敗の方が多いと思います。
後悔も山ほどあります。でも、それでも犬と生きてきて良かったと思っています。
このブログでは、そんな私の26年間を、成功も失敗も余すところなく詰め込んでいきます。
まずは、私と5頭の犬たちを紹介させてください。
登場人(犬)物たち
初代わんこ ウブりん(ラブラドール・イエロー)
2000年の秋、それはリフォームを終えたばかりの実家に突然やってきた。
庭師のおじさんが「ラブはいいよー!」と連れてきたのが、
おとぼけ顔のパピーだったウブりんでした。
社交辞令で「いいですねぇ」と返事したら、まさかの当日お届けされたのです。
床に下ろされた瞬間、家中を駆けずり回り、
先住犬のご飯を秒で平らげ、スリッパを咥え倒す。
初めて見る大型犬のパワーと食欲に度肝を抜かれつつも、
完全にハートをわしづかみにされたのでした。
2014年、14歳3ヶ月で大往生。
ドッグランを手に入れる直前に旅立ったけれど、彼女がいなければ今の私はいません。
2代目 次男 純くん(ラブラドール・ブラック)
2004年、ウブの母親違いの兄弟にあたる黒ラブが子犬を産みました。
ウブの血を引くラブが欲しくて、出産直後から張り付いて見守り、お迎えしたのが純です。
犬と生きる喜びを教えてくれたのがウブりんなら、
純は犬と生きることの喜びだけでなく、厳しさも教えてくれた師匠でした。
ザ・ラブラドールな男で、訓練もアジリティーも挑戦しつつ、
数々のいたずらと暴れん坊伝説を残しました。
晩年は、若かりし頃の血気盛んな姿はどこへやら、
マイドッグランで皆に愛されるおじいちゃんライフを満喫し、
2021年1月、大往生の16歳8ヶ月で虹の橋へ。
寝たきり1年半の介護生活で、私はただ面倒を見るだけではなく、
QOLの向上というものに本気で向き合い始めました。
3代目 三男 保護犬・玄さん(ミックス)
2014年12月、苫小牧の迷子犬ページで一目惚れしたのが、
純に似たルックスの玄さんでした。
実は、引き取り希望には先約がいて、一度は諦めた逸話あり。翌日、まさかの「まだお迎え可能ですか?」コールで敗者復活によるお迎えでした。
純との相性もバッチリで、おっとりフレンドリー。
後に「みんなの玄さん」と呼ばれるほどの愛されキャラで、保護犬でありながら、我が家の歴代一の温厚な子でした。
2022年、推定14~15歳で旅立ちました。
とはいえ、一緒に過ごしたのは8年間。
一緒にいられた時間は、パピーから飼っていた子と比べると、あっという間でした。
旅立ったあと、後悔や喪失感が一番強かったのが、この子です。
4代目 次女 2代目うぶ(ゴールデンレトリバー)
2015年9月、引っ越し2週間前。
仕事で訪問していたホームセンターのショーケースで、
どんどん大きくなっていったのを見守っていたのが「うぶ」でした。
生後5ヶ月になっても売れ残っていた彼女が気になり、
「この子、売れなかったらどこへ…?」と声をかけてしまったのが運命の分かれ道。
外に出たことがなく、何もかもが初めて。
世に慣らすため預託訓練へ。今では怖いものなし、どこでも無双状態。
男子ラブの中で育った紅一点は、「その自信はどこから?」な今時ギャル風に成長しました。
ただいま10歳。ちょっと病気にもなったけれど、まだまだ現役バリバリギャルです。
5代目 ボク(ブリタニースパニエル)
初めての中型犬。アジリティーをやりたくて迎えたけれど、
結局アジも訓練もそれほどやらず…。
彼の辞書に「拘束」という文字はない。
マイドッグランを駆け巡る歴代DOGの中でもダントツの自由犬となりました。
何を考えているか分からない表情、猟犬の本能よりも独立心旺盛な立ち振る舞い。
レトリバーたちとは全く違う動きに戸惑いつつ、
何とか抱っこできる大きさ(といっても20kg弱)は新鮮です。
8歳となった現在、スポーツどころか狩猟犬の本能を忘れ去り、
カラスとさえ友達になる、丸々した家庭犬へと育ちました。
犬と生きるということ
ウブは、人生を変える勇気をくれた。
純は、後悔と向き合うことを教えてくれた。
玄は、時間の大切さを教えてくれた。
うぶは、自分らしさを貫く強さを見せてくれた。
ボクは、「普通」なんて不要だと教えてくれた。
出会った犬の数だけ、与えられたものがあります。
このブログは、
私が「あの時知っていたかった」と思うことをまとめた情報板です。
経験談だけでなく、具体的にどう向き合ったか、
やって良かったこと、後悔したことも綴っていきます。

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